◆手放せない自分を、責めなくていい

心理カウンセラー ひらいなずです

桜が散るとき、誰もそれを命令しない
風が吹いて
時期が来て
ただ、静かに落ちていく

手放すということの本質は
きっと、そういうことなのだと感じている

「手放さなければ」と思った瞬間から
不思議なことに、手に力が入る

手放し方を調べて
手放せている人の言葉を集めて
「よし、やってみよう」と決意しても
気づけば、またぎゅっと握っている

それを何度も繰り返すうちに
手放せない自分への苛立ちが積み重なって
また別の重さが増えていく

そんな経験をしたことがある方は
きっと少なくないと思う

手放したいのに手放せない
その苦しさが、さらに苦しさを呼んでいく

ここで、一度立ち止まって考えてみてほしいことがある

「手放す」とは、そもそも
意志の力で行うものなのだろうか

心理学的な観点から見ると
人が何かに執着するとき、そこには必ず理由がある

手放せないのは
意志が弱いからでも
心の修行が足りないからでもない

その人にとって、
まだそれが必要だから
そこに、大切な何かが宿っているから
手が開かないのだ


ある関係を手放せないとき
そこには「愛されたい」「認められたい」という
純粋で切実な願い
がある

ある過去を手放せないとき
そこには「あの時間を無駄にしたくない」という
自分を守ろうとする心の働き
がある

手放せないことは、弱さではない
そこに込めてきた
自分の感情や願いが、ぎゅっと詰まっているから
手が離せないのだ


だからこそ
「手放せない自分」を責めることは
その詰まったものごと否定することになる


責めれば責めるほど
心はさらに固く、閉じていく

では、どうすればいいのか
その答えは、拍子抜けするほどシンプルなものだ


「ああ、わたし、これを握っていたんだ」
と、ただ気づくだけでいい

責めなくていい
今すぐ手を開こうとしなくていい

ただ静かに気づいて、そのまま見ていれば
それで十分なのだ

しがみついていたと気づいた瞬間
手放しは、もう始まっている

これは精神論ではなく
心の構造として、本当にそうなのである

人の心の多くは、無意識の領域で動いている
「握っている」と意識が気づいたとき
その瞬間から、無意識のレベルで
何かがゆっくりと緩み始める

桜が散る前に
木の内側で静かに準備が整うように
見えないところで
心はもう、動き始めているのだ

スピリチュアルな視点から言えば
手放しとは「信頼」そのものでもある

自分の力でコントロールしなくても
ちゃんと大丈夫な流れの中にいる
という信頼


執着が生まれる根っこには
「手放したら何も残らないのではないか」
「自分で握っていないと消えてしまうのではないか」

という深い恐怖があることが多い

でも、本当に大切なものは
手を離しても、消えることはない

むしろぎゅっと握り続けることで
変形したり、息ができなくなっていたりする

桜は散ることで
また来年、美しく咲く準備をする

手放すことは、失うことではない
次の季節へ向かうために
心が軽くなっていくプロセスなのだ

手放せない自分を責めなくていい
まだ握っていていい

ただ、今のその自分を
そのまま、静かに見ていてほしい

「ああ、握っていたんだな」
それだけで十分で
それだけで、もう始まっている

春の風は
誰が命令しなくても、必ず吹く
心の中にも
同じように、風は来るのだ

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この記事を書いた人

心理カウンセラー/セミナー講師 /㈱ナズルワン代表取締役|「場」をつくることが大好き/見えない「力」を使って「身近なスピリチュアル」をつぶやいています。(心理カウンセラーとして活動歴13年、個人セッションの実績420件超、セミナー・講座開催は370回以上、動員実績はのべ2800名以上)

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