「あなたは感情的だね」と言われるのが怖くて
気づいたら
感じる前に、考えるようになっていた
悲しくても
「これくらいで泣くのはおかしい」と打ち消して
腹が立っても
「怒るほどのことじゃない」と畳んで
嬉しくても
「喜びすぎると後が怖い」と抑えて
そうやって、ずっとやってきた人がいる
感情を感じないようにするのは
意志が強いからじゃない
そうしないと、やっていけなかったから
そうすることで、自分を守ってきたのだ
小さい頃に感情を出したら
場の空気が壊れた経験があるかもしれない
泣いたら「また大げさな」と言われた
怒ったら「わがまま」と片付けられた
喜んだら「調子に乗るな」と水を差された
そういう経験が積み重なると
心は学習する
感じないほうが、安全だと
感じないほうが、傷つかないと
それは、賢い心の防衛反応なのだ
でも、感情は消えるわけじゃない
封印しても
どこかに、必ず出口を探す
原因不明の体の重さ
なんとなく続く虚無感
理由のわからないイライラ
突然こみ上げてくる涙
これらは、感情が行き場を失って
別のかたちで出てきているサインであることが多い
「なんか最近、調子が悪い」
「疲れているだけだと思う」
そう言いながら
本当は、ずっと感じることを止めてきた感情が
体の奥でずっと、居場所を探しているのだ
抑圧された感情は
意識の外に押し込められるだけで
なくなるわけではない
むしろ無意識の層に沈んで
人間関係のパターンや
自己評価の低さ
慢性的な疲労感として
じわじわと影響し続ける
「なぜかいつも同じような関係になる」
「頑張っているのに自信が持てない」
「休んでも休んだ気がしない」
そういった感覚の根っこに
長年封印してきた感情が関係していることは
決して珍しくないのだ
感情は、魂からのメッセージでもある
怒りは「大切にされていない」という境界線のサイン
悲しみは「本当はこうしたかった」という本音のサイン
恐れは「ここに、大事な何かがある」というサイン
感情を感じないようにするということは
魂の声を、聞かないようにすることでもある
だから感情を封印してきた人ほど
「本当の自分が何を望んでいるのかわからない」
という感覚を持ちやすい
自分の本音が、見えなくなっていくのだ
ここで伝えたいのは
感情を抑えてきた自分を責めてほしいわけじゃない
それは、必要だったことだ
そうやって自分を守ってきた
その心の賢さを、まず認めてほしいのだ
そのうえで
少しずつでいいから
感じることを、許していく
「悲しいかもしれない」
「腹が立っているのかもしれない」
断言できなくていい
ぼんやりとした感覚でいい
感じようとする、その小さな一歩が
長年閉じていた扉を
ゆっくりと、開かせていく
感情は、敵じゃない
感じることは、弱さじゃない
ただ、安全じゃなかっただけで
今は、少しずつ
感じてもいい場所に
いてもいいのである

